2016年8月5日金曜日

MITが開発した光phased arrayを使った光レーダー LIDAR

これ、すごい技術です。

光phased arrayを使った光レーダー LIDARの送受信部が集積回路化されて、6mm X 0.5mm。

今は50度、将来的には100度くらいの範囲でビームの方向を可動部分無しで電子制御で変えられる。

従来のLIDARで有名なのは、Googleの自動運転車の屋根に乗っている不恰好なバケツ型の物で、メカでレーザーを回転させている:
https://www.google.com/search?q=google+self-driving+car&client=safari&rls=en&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwj9tvmSoKnOAhVB7YMKHdqsCl4QsAQIKw

複数個使えば、何も可動部分無しで全方位見える高精度のセンサーができます。車、ドローン、ロボット、さらにロボットの各指先で見るとかの応用。

光の時間遅れの違いだけでは無理かもしれないけれど、もうすこしやれば顕微鏡にも使えないのかな。

MIT and DARPA Pack Lidar Sensor onto Single Chip
http://spectrum.ieee.org/tech-talk/semiconductors/optoelectronics/mit-lidar-on-a-chip

2016年8月4日木曜日

ダニエル・エルスバーグ『ヒロシマの日――64年間、居眠り運転をしてきた米国』

8月6日の広島原爆投下の日が2日後になりましたね。

ここ3年くらい毎年シェアしていますが、読んだことがなければ、これだけは読んでおいた方が良いと思います。初めて読んだときは衝撃的でした。

何ヶ月か前のオバマの「空から死が」広島スピーチは全くと言って良いほど感動はなかったですが、数年前にこれの原文を読んだときは、このように考えた少年が1945年の米国にもいたというだけで、少しは救われる気がしました。

その少年が、後にペンタゴン・ペーパーズとして知られるベトナム戦争の終結を早めた内部告発をすることになります。そのために日本ではあまり知られていませんが、「ジャップをやっつけた」という巷の狂喜には加わらず、原爆のことを子供の頃から考え続けた本当の理解者の考えを知るべきだと思います。

そして、彼の考えのきっかけとなった、学校での社会科の先生の問いかけが衝撃的だった:

「パターソン先生はこの戦時下の記事をひとつ見つけていた。彼は、ウラン核分裂性発見のあとに起こりそうな展開を、科学や技術が私たちの社会的慣行よりも先行して飛躍する可能性の例として、私たちの前に提示したのだった。

「そこで、ある国が、または数カ国が、これで爆弾を製造する可能性を探ることにして、成功したとします。これによって、人類にとってどのようなことが引き起こされるでしょうか。今日あるがままの人類や国家によって、どのように使われるでしょうか。すべてを差し引きして、世界にとって良いことになるのでしょうか、悪いことになるのでしょうか。たとえばそれは平和のための力となるでしょうか、それとも破壊のためのものとなるでしょうか」。私たちは、この件について1週間以内に小論文を提出することになった。」

まさに、クラスで問いかけの模範例ですよね。

こんなことを考えたのは、全米でもこのクラスたった一つだったのかもしれない。でも、これができる国に竹槍を作り大和魂とか言っていた日本が到底勝てるわけが無い。

この1クラスで考えた一人が米国の戦争の歴史を少し良い方向に変えることになった。そのことと無関係ではないと思っています。

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速報838号 ダニエル・エルスバーグ『ヒロシマの日――64年間、居眠り運転をしてきた米国』
投稿日 2010年1月14日

http://www.tup-bulletin.org/?p=877

英語の原文はこちら→
http://www.truthdig.com/report/item/20090805_hiroshima_day_america_has_been_asleep_at_the_wheel_for_64_years

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2016年5月1日日曜日

誰が日本国憲法を押しつけられたのか?


「押しつけ憲法論」とそれに対する批判のどちらにも欠落している視点は、

【誰が日本国憲法を押しつけられたのか?】という点でしょう。

押しつけられた人々は確かに存在します。

アベシのような日本会議の主要メンバーたち。

戦争に負けたことを認めたくない、侵略戦争の犯罪を認めない、戦前のような体制を取り戻したい1%の人々。小林節氏の言う、主に戦前のいわゆるエスタブリシュメントの子孫たち。

ボクらのような国民が憲法を押しつけられたのか?

これはNOでしょう。むしろ国民は押しつける側です。

ビデオにあるように当時の幣原首相の求めで9条の戦争放棄が入れられ、その他の条項も日本側の案が元になったものがあったとしても、日本国憲法は日米合作であり、99%の国民にとっては、米国からのギフトを含む強力な道具です。

制定過程での米国の関与をマイナスにとらえる必要は全くないでしょう。制定に関わった日米の関係者が、最高の憲法を生み出すためのインキュベーターとして機能したことは間違いないと思います。

この共同作品が、米国がまだ理想に燃えていた1947年までに完成できたのは、非常に幸運なことでした。その後、米国は急速に心変わりしてしまったから。

憲法は、国民にいわれのない義務を課し権利を制限したい、再び戦争をしたいやつらを抑えるための道具。

私なら、有用な道具を捨てるようなバカなまねはしません。

旧エスタブリシュメントの子孫でもないのに、激しく勘違いして「押しつけ憲法論」を唱え、先祖たちが命と引き換えに手に入れてくれた道具を捨てる運動に加担する人がまだいるようですが、滑稽な悲しい自傷行為はやめましょう。

押しつけられた人々の口車に乗らず、彼らに押しつけ続けるのが正解です。

もう一度、【誰が日本国憲法を押しつけられたのか?】をよく考えましょう。

http://www.dailymotion.com/video/x3ub062



岸時代の憲法調査会の肉声テープ発見20160225houdo... 投稿者 gomizeromirai

2016年2月10日水曜日

サンダース支持がなぜ広がっているかについて

【サンダース支持がなぜ広がっているかについて】

やはり、米国でも大手メディアの解説経由では、全くわからないか、あるいはスレたオッサンの視点の記事でわかった気にさせられて、誤解してしまうと思います。

「若者は民主主義を信じていない」とか、「社会主義に抵抗感が無い」とか、完全に間違いか、本質で無いところばかり強調しています。

日本のメディア経由では、この上にさらにフィルターがかかりますので論外です。WSJなど、読者層を考えれば当然バイアスがかかるでしょうし、CNNあたりも怪しい。

直接彼と彼の支持者のいうことを聞いたり読んだりした上で、これらの記事やクリントン陣営の批判を聞けば、サンダース支持がなぜ広がっているか、本当のところがわかると思います。

となると、当然英語でということになりますが、いや、そういう時のために英語やってるんでしょう?知りたいこと、話したいことがあるから。

サンダースの言っていることの良い解説者としては、Robert Reich氏をお勧めします。

Robert Reich氏は、現UC Berkeley教授。クリントン政権の労働省長官。Bill Clintonとは、Rhodes奨学生として英国へ向かう船で一緒になり、それいらいの友人のはずです。

https://www.facebook.com/RBReich/?fref=ts

例えば、今日 2016-02-10:
https://www.facebook.com/RBReich/photos/a.404595876219681.103599.142474049098533/1150924588253469/?type=3&theater

から;
"The energy that fuels Bernie’s “political revolution” is a determination to sever the connection between great wealth and political power, and thereby reclaim our economy and restore our democracy.

Nothing else we want to accomplish – saving the planet from the further devastations of climate change, avoiding interminable war, restoring middle-class prosperity and creating paths into the middle class for the poor, providing universal healthcare, overcoming structural discrimination – is possible unless we reestablish these foundations of our civic life."

これを理解している若者のどこが「民主主義を信じていない」なのでしょうか?

他に、サンダース氏自身の過去のビデオを見れば、主張は基本的に何年も変わっていないので、論理や重要なポイントをはずされない訓練ができあがっています。
Bernie Sanders Videos (FB)
https://www.facebook.com/berniesanders/videos


日本語で読むなら、これをお勧めします。→
TUP速報994号 バーニー・サンダースの台頭
投稿日 2016年2月9日
http://www.tup-bulletin.org/?p=2995

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【以下ダメダメ記事・ビデオの例へのリンク】

なので、鵜呑みにしないように眉に唾をたっぷりつけてから読んでください。

米国の大手メディアも簡単に信じてはダメです。Foxなどは論外と考えられています。:

「サンダースを熱狂的に支持する若者たちは、民主主義を信じていない」-- Newsweek日本版
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/02/post-4498_3.php

「サンダース氏を生み出した米国と社会主義」-- WSJ日本版
http://jp.wsj.com/articles/SB10893450641605334784304581529953175490390?mod=WSJJP_hpp_RIGHTTopStoriesFirst

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2016年2月6日土曜日

米国の大統領選に多くの人が興味を持って欲しい

米国の大統領選に多くの人が興味を持って欲しい。

ろくな記事がないテレビや新聞で古い感覚の人間のレポートを読むのでなく、実際にスピーチやディベートの議論を聞き、考えることにより。

FULL MSNBC Democratic Debate: Hillary Clinton VS Bernie Sanders - New Hampshire Feb. 4, 2016
https://www.youtube.com/watch?v=5fgBT0eec_4

単にこの国が米国のいいなりになっている現状だけが理由ではない。

日本でも米国でも同様だが、金で買われた政治に対して、米国の特に若い人たちが本気でなんとかしようと、サンダース氏を雪崩を打つように支持し始めたから。

「政治なんてこんなものさ、弱い自分が何をやっても変わるわけがない」としらけていないで。

なんとかしなければ谷底に転落するのは、米国も日本も同じ。確実に学べるところは多分にあると思う。

サンダース氏が言っていることは、ここ何十年も基本的に変わっていない。最近より力強くはなったけれど。ようやく世の中が追いついてきた、追いつかざるをえなくなったのかもしれない。

何年も一人のIndependentとして、半ば「何やってるのこの人」といった冷たい視線を、二大政党の政治家やメディアからは受けてきただろう。

他国の選挙だけど、日本にもこんな人が必要。人はいるのだが、かつての彼のように我々が気付いていないだけじゃないだろうか。

一人でも、何あの人と言われても、正論を言い続ける人が日本にもごく少数だがいると思う...

2016年2月2日火曜日

SPEEDIは役に立つ - SPEEDI開発者の反論


少しはソフトウエアを開発したことがある者として、SPEEDIが役立たず呼ばわりされ、もう日本の原発事故や放射能漏れには使わないと宣言された時、SPEEDI開発者はなぜ反論しないのか、と不思議だった。

実は反論していたことがわかった。しかし、ごく最近まで知らなかった。一部の例外を除いて、ほどんど報道されなかっただけ。

2014年9月8日(月)に報道ステーションが「SPEEDI 縮小の理由は…」
という番組で扱っているだけで、多くの他のメディアは政府の「役立たず」という発表を鵜呑みにして垂れ流しただけのようだ。しょうもないメディア。

下記の抜粋と元のPDFファイルをぜひ読んでみて欲しい。抑えた書き方になっているが、SPEEDI開発に携わった茅野氏の怒りを感じる。

以下の他にも2、3件のPowerPointスライドのPDFファイルがダウンロードできる。

【追記:
SPEEDIが実際に廃止されるとは思わない。事故があれば、今後もフクシマ時程度には使われるだろうが、一般人が避難の参考にできるタイミングでは、情報は出てこないだろう。

役立たずなので使わない云々の言い訳は、その当時問題になった自治体の避難計画策定でのシミュレーション利用を止めるためだったと思っている。

つまり、事故時の利用でなく、平時である今の利用をとめたいから。

各原発の周辺(いわゆる「立地自治体」でなく、半径数100km))がどんなに広範にトンデモない放射能汚染を受けるかが明らかになっては困るからだ。何が何でも再稼動したいのに、周辺の県や都市に再稼動反対が広まるから。誰だって過去の実際の天候データとフクシマのソースターム(排出量データ)を使った汚染地図を自分の住む場所について見せられれば、即座に反対になるだろう。


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https://www.jrias.or.jp/books/pdf/201409_TRACER_CHINO.pdf

「SPEEDI を真に原子力防災に生かすために」

茅野 政道
Chino Masamichi
Isotope News  2014 年9 月号 No.725
p.22 - 26.

2014.09.08(月) 報道ステーション「SPEEDI 縮小の理由は…」-- via 原発・放射能関連 (ブログ)


ーーー【以下抜粋】ーーー

1. 福島第一原発事故におけるSPEEDI の利用の実態

 福島第一原発事故において,SPEEDI はあらかじめ決められた旧原子力安全委員会の「環境放射線モニタリング指針」に従って,平成23 年3 月11 日の事故当初からその役割を果たしてきた。同指針に記載されているSPEEDI の使用方法を要約すると,以下のとおりである。

 ⅰ)初期段階に放出源情報を定量的に把握することが困難な場合,単位放出量又はあらかじめ設定した値による計算を行い,これを基に, 監視を強化する方位や場所及びモニタリングの項目等の緊急時モニタリング計画を策定する。

 ⅱ)放出源情報が入手できた場合,防護対策を検討するために早期入手が望まれる外部被ばくによる実効線量分布等の図形の作成・配信を行う。

 ⅲ)緊急時モニタリングの結果が得られた場合には,当該結果と予測図形を用いて,防護対策の検討,実施に用いる各種図形を作成する。

 今回の事故では,放出源情報が,原子炉の状態把握などを行う緊急時対策支援システム(ERSS)や排気筒の放射線モニターから入手できなかったため,ⅰ)に従い,3 月11 日の事故直後から緊急時モニタリング計画に資するための単位放出計算を関係各所に提供している。

文部科学省の検証報告書(第2 章)5)によれば,3月15 日に高線量を記録した浪江町山間部のモニタリングは,文部科学省がSPEEDI の単位放出結果に基づき指示したものであり,モニタリング計画に的確に活用されている。

また,緊急時モニタリングの結果が得られるようになった16 日以降は,ⅲ)に従い,モニタリング結果と単位放出のSPEEDI の結果から放出量を逆推定して,3 月23 日までには甲状腺内部被ばく線量の図形作成,引き続きこれに基づく小児の甲状腺被ばくのスクリーニング検査を行う一連の活動がなされた。

さらに,日本原子力研究開発機構はSPEEDI の世界版であるWSPEEDI を用いて,厚生労働省に農作物検査の指標のための東日本の放射能汚染マップを提供している。

 ではSPEEDI の予測情報の精度はどうだったのだろうか。SPEEDI が提供した予測情報は,“定期実行”と“依頼計算”に分けられる。

定期実行は,毎正時に単位量の放出(1 Bq/h)が始まったと仮定して,1 時間ごとの放射性プルームの動きを空間線量率分布等の形で提供したものである。

今回の事故では,3 月11 日16 時から定期実行が開始され,毎正時に関係機関に情報を提供し続けた。

 依頼計算は,旧 原子力安全・保安院の緊急時対応センター(ERC)やオフサイトセンター(OFC)及び旧 原子力安全委員会等が,事象進展に伴う環境影響確認や緊急時環境モニタリング計画の立案,放出量の逆推定とそれに基づく線量評価のために予測条件を指定して行ったものである。

ERC は3 月11 日21 時12 分に配信を受けた予測結果を最初に,3 月16 日までに45 件の予測計算を依頼した。文部科学省でも3月12日 2時48 分を最初に38 件,OFC では3月中に73 件の計算を依頼している。

 筆者は,これらの予測計算の結果と,平成24 年9 月21 日に,福島県がホームページ上で公開した環境モニタリングポストのデータの比較から,当時,SPEEDI が関係機関に提供した情報の時間的適切さや精度を検証した6)。

それによれば,定期実行については,最大2~3 時間の誤差があるものの時々刻々の放射性プルームの動きを時・空間的に俯瞰できている。政府事故調の報告書は,サイト北西地域について,15 日は屋内退避し16 日に避難する等,避難時期の判断にSPEEDI の結果は活用できたとしているが,そのような利用が可能な精度はあったと考えられる。

また定期実行は,ベントや水素爆発による放射性物質の放出,炉内圧力低下の懸念に起因する試計算であるが,3 月12 日の1号機のベントと水素爆発や,15 日の2 号機からの漏えいの影響の空間的な広がりなど,測定結果と極めて近い予測結果が事象発生以前に把握できるものが複数含まれている。福福島第一原子力発電所北西部に大規模な汚染をもたらしたとされる3 月15日を例にとると,15 日6 時頃の爆発音後に,ERC は当時想定された2 号機サプレッションチェンバ破損による影響確認のための計算を依頼し,6 時51 分に結果を受信した。

図1 にSPEEDI から送信された15日9時から24 時間のヨウ素地表蓄積量の分布図と,後に行われた航空機サーベイによるセシウムの地表沈着量分布測定結果の比較を示す。この比較から,当日朝の時点で既に夕方の北西部での地表汚染をSPEEDIが予報できていたことが分かる。

https://www.jrias.or.jp/books/pdf/201409_TRACER_CHINO.pdf

....

http://fukushima.jaea.go.jp/initiatives/cat01/pdf1507/data_03.pdf
http://fukushima.jaea.go.jp/initiatives/cat01/pdf1507/data_03.pdf スライド28
http://fukushima.jaea.go.jp/initiatives/cat01/pdf1507/data_03.pdf スライド29



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【他の参考資料】

[1] 茅野 政道 日本原子力研究開発機構(PPT スライド):
「WSPEEDIによるソースターム推定と 汚染拡大プロセスの解明」
20150714 放射線計測フォーラム福島
http://fukushima.jaea.go.jp/initiatives/cat01/pdf1507/data_03.pdf

[2] 原発・放射能関連 (ブログ)2014-09-11
2014.09.08(月) 報道ステーション「SPEEDI 縮小の理由は…」
http://17enjoylife.blogspot.jp/2014/09/20140908speedi.html

[3] WSPEEDI:東日本におけるCs-137の広域拡散と沈着量分布(2D-動画)
 日本原子力学会2013年春の年会で発表
http://nsec.jaea.go.jp/ers/environment/envs/fukushima/animation5.htm

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2016年1月25日月曜日

何もしないためなら何でもする

これは、本当にそうですね。

→→→「何もしないためなら何でもする」

放射能汚染に関して、本来やるべき施策をやらないで済ませるために、

多くの国側の人間がやってきたこと:

ベラルーシの隠蔽方法を調べ、

この程度は大丈夫だと言ってくれる学者を探し出し、

IAEA傘下の国際機関の報告書などから「健康被害の明確な証拠は無い」などの部分を調べ上げ、

中高の副教材を作って身近で役に立つ放射線だと教育し、

人々の訴えは権限の無い役人に聞き置かせ、

被害者分断のための線引きをあれこれ考え出し、

収束宣言をして作業員の手当てをカットし、

もう普通に住めるのだから避難の補償は終了と言い渡し、

ガンの医療情報を隠蔽する法律を作り、

TOKIOの「食べて応援」のコマーシャルを作らせ、

子供達に給食で食べさせ、

それに補助金を出し、

ちょっとでも厳しい質問をしてくるジャーナリストは寿司友の社長に番組から降ろさせ

(まだまだあるはずだけど)...


何もしないための逆方向を向いたこれらの仕事のために、経産省、環境省、農水省や電通やメデイア企業でどれほど多くの人間が高額の給料をもらいながら、被害者の希望を打ち砕くために毎日仕事をしていることか。熱心に。それに仕事が速い。

被害者や国民の希望していることには仕事が遅いか放置だが。

というより、あれこれ理由をつけて、希望や要求を却下することが、仕事なのだから。吸い上げた税金は却下のために使われていると言っても良い。

大した国だよ、本当に。こういうことをやる国に協力するのがアイコク的で、これが日本のホコリの源泉なんでしょうね。

こどもたち、若者たち、「ウツクシイクニ」をよく見ておいてください。

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上のリストの各項目について、根拠となる情報のソースをまとめてくださった方があります。→
【福島原発事故への対応】やるべきことから逃れるための壮絶な「努力」の数々
(お役立ち情報の杜(もり))

http://useful-info.com/fukushima-make-effort-to-avoid-what-must-be-done


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日本人は何もしないためなら何でもする -- 「すべては気づき」さん 11/24/2015
http://sekaitabi.com/servant.html

のタイトルだけ見て、「何でもする」の内容を自分なりにリストアップした結果が上です。





2016年1月20日水曜日

Foveated Renderingとステレオ映画の行き着く先

論理的にこれの行き着く先は、そもそもIMAXなどの大型シアターでは真の3次元ステレオ映像は無理、よって、IMAXは廃れる運命にあるということでしょうか?

SMI’s 250Hz Eye Tracking and Foveated Rendering Are For Real, and the Cost May Surprise You

http://uploadvr.com/smi-hands-on-250hz-eye-tracking/

YouTube:
https://www.youtube.com/watch?v=Qq09BTmjzRs


いま、ここまで来て注視点付近だけを高解像度でrenderingして、周辺視野の解像度は落とす技術が十分実用になりそうですが、次の論理的ステップは、見ている人の両眼の注視点に合わせて両眼視差のつけ方をリアルタイムで計算しなおさないといけません。

輻輳眼球運動 (vergence eye movement)ができるステレオカメラで撮ったAvatarなどからポピュラーになった3D映画では、現状は両眼視差のつけ方はある代表的であろう注視点を想定して、すべての観客に同一映像を見せています。レンダリング時の想定と異なる画面の場所を注視している人には、視差が間違った画像ペアが提示されることになります。それも3D映画が気持ち悪い一つの大きな原因だろうと思います。

だとすると、3D映像を本気でやろうとすれば、一人一人の両眼の注視点をモニターしながら、それに合わせて個別の独立した映像をリアルタイムで生成して見せなければなりません。とすると、IMAXシアターや大画面テレビはどうなるんでしょうね。2D動画限定ならいいですが、3Dとはそもそもみんなで見る大画面とは整合性が無いのではありませんか?

もう一つの帰結は、3D映像は見ている人の眼球位置もとにその場でCG renderingしないとできない。ステレオカメラで撮った生の映像だけでは、絶対まともな3D映像は再生できないということです。だとすると、「実写」の3D映像は有りえない。必ず間にCGが入ります。映写する側にとんでもない映像世界の3次元モデル計算と、realtime rendering機能をそなえたシステムが必要そうです。Virtualized Reality(TM- T. Kanade)の世界ですが、大変そう。

それにしても、味気ない、非ロマンチックな話やね。

この考察間違っていますかね?そうならご指摘ください。


2016年1月16日土曜日

バークレーでの大学院生の頃の話:両眼視の研究を始めたきっかけ

[2つのFacebook記事の内容を一つにまとめたものです。]
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今日は(おっと、もう昨日だ)かなりまじめにお仕事しましたよん。

午前中は委員会があって、午後は前にFBにでたDK君のD論のtandem editをほぼ5時間ぶっ通しでやりました。そろそろ投稿できるかな。

その後、FB見ていると突然DK君が戻ってきて、ぼくが学生のころの話を聞きたい。特に、両眼視の実験を始めたきっかけは?と。

そんなことを聞かれるのは久しぶりなので、ほとんど無い昔の写真を引っ張り出して、1時間半。この際なので、引っ張り出した蔵出し写真も公開します。

バークレーで大学院生だった7年間、長かったのか短かったのかよく分からない。自由に勝手にいろいろできたのは確かです。

両眼視の実験を始めたきっかけは、大学院生の研究トッピックの選び方としてごく普通で、advisorであるRalphが、これやるか?と言ってきたからです。

だから、だからD論となった研究の着想はボク由来ではない。ちゃんとやったのはボクですが。

その意味では、あくまでもRalphの手のひらの上での研究だったとも言えます。

ボクがバークレーに着いて1年後、だから多分1980年ですが、RalphはサバティカルでCambridge Univ.のJohn Robsonのラボで半年か1年?過ごしました。その時にやった実験の成果がこれです(知らない人が多いですが)。

Freeman RD, Robson JG.
Exp Brain Res. 1982;48(2):296-300.
PMID: 7173364
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7173364

彼がバークレーに帰ってきてすぐ、こういうことをやりたいという話があって、ああ..それならボクがやります、ということで飛びつきました。

これが最初の研究トピックではなかったですよ。お手伝い的に2~3課題はやったし、自分の研究課題としてはこのD論の課題は2つ目です。半分以上運で、Natureの論文(1982)になった Contrast gain control の実験は続いていたのですが、それはD論にはしないことにしました。それでまとめるなど、単純すぎるというか、申し訳ないというか、チャレンジが無さすぎると思ったからです(1985の長い論文にはしましたが)。

「ちゃんとやる」というのは実は重要で、そうしないとわからないことはいくらでもあります。それ以外にも、もちろん最初の準備段階から、ちゃんとやっておくことで、査読の時に文句が少なくなる。自慢になりますが、D論のメインの論文 (1986a,bの2つ)を投稿した時、revision無しの一発で通りました。で、一人の査読者のコメントは手書きのただ一行、正確には覚えていませんが、「What took you so long? Publish as is...」とかでした。後にも先にも、そんなのはこの1回だけですが。紙は引っ越しで多分捨ててしまった。

Ralphの上の論文の実験は、いわゆるquick-and-dirtyな実証実験で、図は2つだけ。左右の目に映るサイン波の視差(位相差)を変えるのに Risley prismという相互に反対方向に回転する2枚のプリズムを合わせたものを使っていました。

Risley Prism:
http://osa.magnet.fsu.edu/terms/prisms.html#r

こういうのを使って、手動で視差を変えていたわけです。

手動でプリズムを回して視差を変えるなど、到底ボクには許せない話で、電子制御で位相を制御するべきだということはすぐにわかりました。でも、研究室にそれまであった刺激装置VS-1は単眼用で、両眼を同時に刺激する実験をするためには、今後のことを考えても2チャンネル完全独立な刺激装置が必要でした。

で、ちょうどその時うまい具合にEECS/Bioengineeringの修士の学生RR君が、何かプロジェクトをやりたいと、ラボを訪問してきました。

両眼版の刺激装置を作るためのVS-2プロジェクト始動です。

VS-1は、その当時Rockfeller Univ.にいたRobert Shapley先生のラボの技術担当だったMilkman氏が作ったシステムで、Milkman氏の?会社を通して他のラボに供給していました。回路図とMotorola 6800のアセンブラソースコード付きでです。Data Generalのミニコン上で走るクロスアセンブラで作ったプログラムをEEPROMに焼いて、機能追加したりして使っていました。プログラミングは、こういうので覚えるんですよね。

RR君とボクでVS-2の仕様と作り方を相談しながら、彼はS-100バスのカード4枚くらいからなる両眼視覚刺激システムを、VS-1と同じ系統の6802をベースに完成させました。初期の実験データはこれを使って取りました。Mike Shadlenとかも、このシステムを使って彼のD論のための心理物理実験をやりました。

だけど、です。VS-2は動作が不安定というかflakyでした。実験中にコントロールが効かなくなるんですよね。そういう時は、電源を落としてボードをイゴイゴといじって挿し直すと治った。多分wire-wrapの接続不良。そんなに経験が豊富ではない学生が作ったものにはありがちです。

それで、これではちょっとやっていられないということになって、ボクがその頃ブームになっていたIBM PCをベースに全部作り直すことにしました。

今は信じがたいですが、IBM PCは、回路図とBIOSのソースがTechnical Reference Manualとして公表されていたし、何か互換の基盤を作るには個人レベルで手がとどきました。いやぁ、面白かったです。

Macは開発を始めた1983年にはまだなかったし、あったとしてもスロットがなくて無理だった。

RalphもJohnも、最終的にあの研究がどういうストーリーになるかは、予見はしていなかったと思います。

ただ、両眼立体視のメカニズムの理解という目標からは、一歩引いて一段下がったところで、サイン波を刺激として両眼統合のシステム解析をすることが重要だというセンスは持っていたのではないかと思います。

←これ、一歩引いて当面の問題を包含するもっと一般化した原理を研究するというのは、いまでも超重要なボクの指針です。ぼくのD論のChapter 1はそういう話から始まります。この章だけ、ジャーナルの論文にはなっていませんが。

工学教育のかなりの部分が時間城域での記述と周波数領域での記述を難なく行き来できるだけの直感にするために、数学とシステム解析論に費やすところが多いと思います。我々の場合は2次元の画像とその空間周波数成分の理解、それを扱う視覚細胞の理解ということですが、理論は同じです。

そういう考え方で、両眼立体視を直接のターゲットとせずに、まずその基盤となる両眼からの信号の合流のプロセスを見ることが重要で、それができるという確信はありました。

サイン波というのは、人工的なパターンで、普通の人には直感が働かないですが、システムを理解するには今でも重要です。そこを理解してもらうのが、なかなか困難なのですが。

最終的に、一連の研究の最重要ポイントは一言で表せることがわかりました。一次視覚野の両眼統合は左右入力の線形加算である。それだけです。

今は当たり前のような話ですが、1982年当時はそうでもなかったのです。David Marrの遺作となった有名な1982年のVisionという本では、両眼統合のモデルはANDになっていたのですから。ゼロクロッシングに至る計算は線形ではないし。

刺激装置を自分で作ってというのも遠大なことのように思われるかもしれませんが、これは半分趣味でしたから、何ということはない。

それに、急いでポスドクになりたいと思わなかったので(だって、フルタイムで教授から給料もらうと勝手にやりにくいし、早く成果をという無言の圧力がかかる)、途中で視覚刺激をCRTモニターに出すための信号発生ボードを作って、一人会社を作って売りました。Vision Metricsという名前で1984-1986の期間にやっていました。全部で40数枚売れたかな。

でも、1983年のクリスマスは一人寂しくアパートでプロトタイプをワイヤラップで作っていました(グス)。

一度、多分1984年ですが、ARVOという毎年フロリダである学会へ行って、ポスター会場で許可なく実機デモ/セールス活動をやっていたら、午後になって見つかって怒られました。すんません。許可を取ることは考えもしなかった。無謀といえばそうですが。

そもそも、就労が原則禁止の留学生が、こんな事やっていいんかいという疑問はありました。でも誰にも聞きませんでした。法的なことの話です。お伺いを立てていたら、どこかでおそらく止められていたかもしれません。ボスにはOKをもらっていましたよ、もちろん。研究にも使える刺激装置を作るんだといったらそれはOKですよ。その国の市民の雇用を奪うことが就労禁止の主な理由なので、それは無いし、ボロ車を買って整備して高く売ったりは禁止では無い。それと同じで、部品を買って組み立てて売るのも、雇用を奪うことはなく誰にも迷惑はかけないし問題無し、と結論しました。

ボードを2枚IBM PCクローンに挿して使って左右の目を刺激するための2台のモニターを制御しました。ラボの写真の上部にあるブルーの箱がVS-3と名付けたstimulatorです。ぼくのD論のデータのかなりの部分をこれを使って取りました。

たぶん1987年

Ralph Freeman Lab, UC Berkeley 1985年頃。左上にVS-3 (BlueBox)。その下にspike用のwindow discriminator。左下の緑色の箱がJoyce Electronics Display (300cd/m^2)でそれを2台使いました。右下がTektronix 611でグラフ表示用ディスプレイとその下にWyseの80x24ターミナル。この二つはミニコン(Data General Nova 4X)につながっていました。


2枚作るんだったら、N枚作れるようにして売れば?ということです。いや、むしろワイヤラップで2枚作るのは嫌だということのほうが大きかったかも。PCボードを起こすのならということで、それなら売れると気付いたのでしょう。自分の研究に使うためだけの装置であっても、チャチャッといい加減に作るのではなくて、売れるくらいにしっかり作るというのは、あとあと原因不明の誤動作を防げるし、夢もあるし良いと思います。

VS-3に入っていた2枚のPC基盤(表)
(裏)Wire-wrapでプロトタイプ(上)を作った

[このパラグラフはnerd only]
今でこそ、Macしか使わないNeXT evangelistの生き残りですが、80年代はミニコン(DataGeneral NOVA)とDOS PCだけでした。NeXT以前のMacはどうでもいい。ボードのドライバーはアセンブラ(masm)で書いて、DOSのソフトウエアインタラプトでコマンド制御、でビデオの垂直同期信号でhardware interruptをかけて、フレーム落ちのない刺激提示を保証できました。こういうinterruptを扱う部分をやってみて、コンピュータの面白さがようやくわかってきた気がしましたね。このドライバーをC言語のソフトでコントロールして刺激装置にします。4ビット並列+strobeのカスタムポート経由で別の実験制御コンピュータからのパラメータとコマンドを受けて刺激をコントロールました。

1986年にPh.D.修了しましたが、その頃この信号発生ボードの回路図、ボードデザインなど全ての権利とコントラスト感度計測ソフトをまとめてある会社に売って、RX-7の1986年モデルの頭金にしました。初めて買う新車はrotaryのMazdaじゃなくて、どうするの?という訳のわからない非論理で納得して、うん、自分への「PhDお疲れプレゼント」にしました。あ、その会社は後に倒産しましたが、ぼくのせいではない。

Near Carmel, 1987 or 1988

Yosemite Valley, 多分1988


横道にさらにそれますが、日本の大学でやっている起業の支援、何か特許をとって会社を大きくして、いずれはIPOして...というシナリオにとらわれすぎではないですかね。特許とかそんなに大それた技術でなくても、軽く受注生産で細々とやっちゃえ、で良いとおもうのです。本職があってか学生なら、人を雇わなければ採算は取れます。ぼくはこれを含めて3つくらい製品化を目指して開発して、2つ実際に一人会社として営業しましたが、研究者をやっているかぎり大きくするつもりはありませんでした。潰れても自分が路頭に迷わない一人会社は逆に絶対潰れませんから(訴訟リスクは考えないといけませんが)。そういうのを気軽にできるのが米国の良いところで、それが100あって、そのうち1社が大きくなるところまでいくものだと思っています。その裾野無しに知財とかから始めて、いろいろ心配するのは、何か逆のような気がします。

留学して大学院に行けたことも本当に得難い経験をさせてもらったと思うのですが、こうしたちょっとした起業の真似事ができたことも、大学で研究しているだけでは経験できないことだったと思います。完成した基板のフィルムを持ってボロ車Datsun B210 (日本ではSunny)でDubinというひとつ山を越えたところにある市まで、ボード作成の発注に行ってきました。エッチング液の薬品くさい工場の社長は中国系のおじさんで、親切にいろいろ教えてくれました。ガーッとやっていると助けてくれる人は出てくるみたいです。

迷うのならやる、というのが以後の基本方針になりました。

こんな好き勝手なことやってきて良かったし、みんなもっといろいろやればいいのにと思っているので、日本の博士課程の規定の年限が5年と決まっているのが、とても不満です。アカハラで出してもらえないということでなければ、10年くらいかかったって別にいいじゃん。本人のためとか、勝手に言わないで。米国のバイオ系の平均は7年程度だったと思います。なので、あれだけ勝手にできて平均だったら、そう悪く無いかなと思っています。

Ph.D.後は、ポスドクで reverse correlationをやるために、さらに新しい刺激装置VS-4を作ることになり、90年代にはスパイクデータを記録するためにNeXT内臓のDSPを使ったスパイク波形弁別装置(SpikeCoder)を作ることになりますが、その話は別の機会に。

なんだか、実験装置作りを中心に研究が変遷していった感じですね。その時代を生きていた時はあまり意識はしていなかったのですが、振り返ってみるときれいにそうなっている。好きなことがそっちに傾斜しているのだから、当然だと言えば当然です。



Since a doctoral student of mine asked today how I got into binocular vision research at Berkeley, I dug out old photos  from 1984 - 87 and the PC board I designed. Here they are.

The visual stimulator printed circuit boards, which were sold at $1800 a pop through my one-man company named Vision Metrics.

Using two of my boards in an IBM PC clone, I collected a substantial part of my data which went into my dissertation. It was fun.

2016年1月1日金曜日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

ゆったりとおせちを食べ、千里川沿いのいつものルートでルーカスくんのお散歩のあと、地元の神社に歩いて初詣にいってきました。



暖かかったからか、時間帯なのか、神頼み事が多い世の中だからか分かりませんが、この神社では珍しい長蛇の列でした。参道だけでは収まらず、列が道路にはみ出しているのを見たのは初めてです。

性格なんですが、後ろで人が待っていると思うと、落ち着いてお祈りできないです。改めてそのうちですね〜。

大学で自由に研究できる時間も、残りをまじめに自覚しなければならない歳になりました。

さらに、それと同じくらいかそれ以上に危機感を持っていることも、どうすれば一番良いのかをよく考えないといけません。日本に帰ってきたのが間違いだったということには、決してしたくない。もちろん、自分のことだけではないのですが、いろいろ考えます。

FB,TWは、繋がりと考えのアンカーをもたらしてくれる場であり、ぼくにとって信頼できる方々からの重要な情報源でもあります。新聞やテレビを見ているだけでは、大事なことはわからないですから。FB,TWが無ければ決してお会いすることも無かった方も多いと感じ、感謝しております。昨年はありがとうございました。

今年もよろしくお願いいたします。

(2016年1月1日のFBポストから転載)
https://www.facebook.com/izumi.ohzawa/posts/1008271119231456