2010年6月19日土曜日

口頭発表は決して読むな

「学会発表では決して原稿を読むな」というのは1981か1982年にボクがバークレーの大学院生2−3年目だった頃、自分にとって初めてのSFN(Society for Neuroscience)での口頭発表前にボスのRDFに言われた言葉だ。やることは簡単だ。できれば鏡の前に立って仮想のスクリーンを指で差しながら、できるまで練習しろ、と。


あまりボスの言うことをまじめに聞いた学生ではなかったが、これだけは曲がりなりにアドバイス通りにやって来たし、指導する立場になった今、研究室のメンバーには機会がある毎に同じことを言っている。日本語でも英語でも同じだ。(ただし、自分の場合、十分に練習をせずに演題に立って、不本意な発表をしてしまうことがまだある。偉そうなこと書いているけど、お前のヒドいトークを聞いたことがあるぞと思われた方、ゴメンナサイ。)


誰でもできるはずだ。研究室を巣立って行った博士の学生たちは、必ずしも英語が達者だとは言えなかったと思うが、ほとんどがSFNで英語での口頭発表を経験している。彼らの国際会議での本番の発表を聞いたが、皆いい発表をした。その気でやれば、誰でも必ずできると思う。学会に来ている多くのNativeよりも良い発表さえ、必ずできる。


最近SFNに限らず、国際学会での口頭発表の絶対数が減少の傾向にあるような気がして残念だが、博士を目指す学生であれば機会をとらえて、必ず学生のうちに1回は国際学会での口頭発表を経験するつもりでいて欲しい。大学の教員や研究員になってからも、SFN等を見る限り、口頭発表ではなくポスターを選択する人が日本人には多いように思うが、それは見習ってはいけない。ぜひ口頭発表にチャレンジして欲しいと思う。ボク自身が院生・ポスドクだった頃、自分で勝手に作った指針は、年ごとにトークとポスターを交互にやることだった。皆さんにもそれをお勧めしたい。もちろん、ポスター発表にもいい点がある。だから毎年交互にやるのが良いと言っている。それに、ポスター発表者は2人居たって構わないのだから、second authorとしてだって、十分経験できる。


確かに自分の経験からも、今でも口頭発表の前のプレッシャーはポスターに比べて格段に大きい。40歳くらいまで、あまり寝ないで練習した記憶がある。でも前にも書いたが、トークは当然できるべきことで、SkypeやWeb会議システムが手軽に使えるようになった今、今後ますます避けては通れないことだと思った方が良い。読み書きができれば、英語ができると考えられていた時代は、とうの昔に終わっている。


口頭発表を読まないこと、とは書いたが、発表のスクリプトを書いてみるのがいけないと言っているのではない。説明すべきこと、言うべきこと、表現を整理するために、スクリプトを書いてみること自体は、とても良いことだ。ただし、練習のちょうど中程で、それは仕舞ってしまうことだと思う。印刷、手書きのスクリプトはもちろん、PowerPointのdual-screen モードを使った、プレゼンター用のメモにも頼ってはいけない。あれは、スライドのデータの数値とか細かな実験条件等のメモとして使う分にはいいけれど、本番であそこを読んではいけない。


政治家のスピーチは例外だ。しかし、スピーチを読むことが想定されている政治家でさえ、米国では自然さを演出するために2台のプロンプターを使っている。どれだけ自然にリアルな話しをすることが重要視されているかの証明だ。


それから、Richard Dawkins等の本の引用や朗読を多用する人は、別格だ。例えば、これ: Richard Dawkins Lecture at UC Berkeley (2008)


もう一つ、皆さんへのRDFとボクからの例外条項。演題に立った直後、万一頭が真っ白になってしまった時の対策として、最初の3 センテンスを書いた紙切れだけは、持って行って良い。


覚悟を決めて、今日からそのつもりで2,3年やれば、必ずできるようになる。留学しなくたって、このくらいはできる。いいトークをする人の、トークの進め方を盗め。

2010年6月17日木曜日

時節をわきまえないWindowsとPowerPoint

昨日の授業中の話し。学生がPowerPointを使って発表中、OSは明らかにVistaかWindows7なのに、プレゼン中に「Windows2000のサポートが近く終了します」だって。今回の他にも、「WiFiのxxが使えるようになりました」、「充電が完了しました」というAlertも見たことがある。それも、直ぐに消えてくれるならまだしも、XかOKボタンを押すまで、いつまでも目立っている。失笑するしかない。


「電池残量がわずかです」なら出てもいいし、「あと10秒で地震が来ます」だったら、当然デカデカと目立つように出して欲しいけれど、どうでもいいアラートは遠慮するのが普通だろう。プレゼン中であれば特に。この程度の当たり前の配慮、コンピュータにできないとは言わせない。


自分がプレゼンターの立場だったら、こんな道具を平気で使っている自分がアホに見えてしまう状況を恥ずかしく思うはずだ。ソフトを作っているRedmond, WAでもこういう恥ずかしい場面はよく起っているだろうに、もう何年も変わらない。誰も何とも思わないのか。すぐに直せと誰も命令しないのか?


どこかの大学も、こんな物を包括ライセンスしてしまって。困ったものだ。

2010年6月15日火曜日

iPhone 4 予約完了

恥ずかしながら、予約開始日の今日、iPhone 4 黒 32GBを予約して来た。3Gからの変更なので期待している。I know. I am getting back to work now.

2010年6月13日日曜日

Nathan Myhrvold on Charlie Rose

Charlie Roseという人がやっている同名の番組で、Nathan Myhrvold, (CEO And Founder, Intellectual Ventures) という人がインタビューされている。おもしろかった。Invention/発明を中心としたトピックでの話しだ。


発明家と基礎科学の研究者は違うが、適性として似ている部分もある。特に、リンク先の動画の13:30から1分程度で言っていることが、研究者にも当てはまる部分があると思う。


Nathan Myhrvold on Charlie Rose (May 20, 2010)



2010年6月12日土曜日

iPhone 4, Retina Display に根拠はあるかを検討せよ

ここには大学の仕事と直接は関係の無いことを良く書いていますが、たまには少し関係したことを。ボクの専門は視覚科学なので、今日は皆さんに視覚科学の超ベーシックな問題を出題します。


【問1】
 Apple CEO Steve Jobsは Apple WWDC 2010 Keynote Address, June 7, 2010 (San Francisco)において、以下のようにiPhone 4 のRetina Display について説明した。この説明は適切かどうかを、根拠となる実験からの一次データ(原著論文と図を明示すること)を少なくとも一つ引用しながら検討せよ。教科書や総説、Wikipedia等は一次データとは見なさない。


Apple WWDC 2010 Keynote Address Video Podcast リンク



00:36:55
"It turns out that there is a magic number right around 300 pixels per inch, that when you hold something around 10 or 12 inches away from your eyes, is the limit of the human retina to differentiate the pixels. And so, they are so close together when you get at this 300 pixels per inch threshold, that all of a sudden things start to look like continuous curves. Like, text looks like you've seen it in a fine printed book, unlike you will ever see on an electronic display before. And at 326 pixels per inch, we are comfortably over that limit."


解答例はそのうちに。

2010年6月10日木曜日

カラオケのように英語を

「英語は読み書きはできますが、聞くのと話すのはどうも...」というのは英語ができるうちには入らない。辞書を引きながらでしか読めないのでは、読めることにはならない。


どうも、昔から日本の英語教育は音としての英語を軽視していると感じる。明治以来の翻訳文化の弊害だろう。自分で考えて、少なくともあなただけはそういう状況を終わらせて欲しい。英語ができないことを教育や社会のせいにせずに。センター試験でリスニングがだいぶ重要視されるようになっても、音としての英語の軽視は多くの人の意識として続いている。英語らしくカッコ良く英語のテキストを読めるように自分で訓練するだけで、英語能力はずいぶんつくのではないかと思う。今英語が自分ではできないと思っている方は、音としての英語を大切にすることが、英語ができるようになる一つの鍵だと思う。


ボク自身、英語には毎日触れているが、時々英文を読んでいても、字づらを追っているだけで全然内容が頭に入って来ないことがある。そんな時どうするかというと、自分でブツブツと声に出して読んでみると、スッと良く分かることがある。少し怠けたい時は、text-to-speechシンセサイザーに、(MacOS Xに付いている、Alexというボイスは結構スグレ者です。)パラグラフ毎に読み上げてもらうことにしている。目で読むより、その方がわかることが多い。学術論文でさえ、そうして読んだ方が良く分かることがたびたびある。


逆に、英語を読んでいて良く分かる時は、目で英文を追っていても、音としての英語が頭の中に響いている気がする。英語上達の秘訣は、そうなるようにトレーニングを考えることだと思う。例えば、shadowingとか。音を実際には発声しないshadowingも有効だと思う。


カラオケは嫌いだが、要はカラオケと同じつもりでやればいい。歌を聴いて、歌を実際に歌えるようになることが、第一歩。英語も同じで、誰か自分の好きな話し方をする人と同じように英語を「歌う」つもりで一緒について歌う練習としてやってみるのも、一つの方法ではないだろうか。歌を空で歌えるというのは、できて当たり前で、多くの人が普通にやっているのに、英語ではパラグラフ1つについてさえ、空で口からでてくるまで覚えたことがある人はほとんどいないだろう。日本人の英語がどうも変で理解されないのは、とんでもない調子はずれな歌い方を、練習すれば直せるのに、放置していることに原因があるのではないかと思う。


文字としての英語だけで済んでいた時代は、本当に終わりだと思う。Skype, Web会議システムが浸透し始めている。どんな仕事についても、数カ国を結んでこれからWeb会議をやるから参加してくれ、というのが当たり前になる。物理的に集まって開催される会合や国際学会が無くなるとは思わないが、ネット経由で気軽にやれる会議や集会がどんどん増えてくるだろう。そこで、まともに議論に参加できないようでは、研究者だろうが会社員だろうが終わっている。10年後の自分はこんな風になっていたいと、想像して欲しい。日本語でできるのと同じ内容の仕事が英語でできることは、当たり前だと。できる。必ずしも留学しなくたってできる。

2010年6月9日水曜日

iPhone 4とiOS4

これまでボクのブログを読んでくれているかたであれば、iPhone 4が正式発表されて、(またまた)少し熱くなっているだろうとは、想像つくだろうと思いますが、その通りです。別に開き直るつもりもありません。「本業」である仕事以外に静かに熱くなれることが2、3はあるのが良いのではないでしょうか?ボクの場合は、そんなに本業と区別できてはいませんが。


iOS4に関してボクの考えていることは、ほとんどshi3zさんという方のおっしゃっていることと同じなので、リンクだけ書いておくことにします: http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20100609


NeXTcubeのシリアル AAK0001726 を1989年当時いた研究室でいれてもらい、その1年半後に個人でも $3000はたいてシリアル AAK0005634 を一台買った者としては、当然の考えだと思いますが、客観的に見ても同じ結論でしょう。

2010年6月2日水曜日

終わりの始まり

Financial Times: Google ditches Windows on security concerns
By David Gelles and Richard Waters in San Francisco
Published: May 31 2010 23:26


Google is phasing out the internal use of Microsoft’s ubiquitous Windows operating system because of security concerns, according to several Google employees.
...


昨年2009年の4月に学生用のセンターで逆を行ったどこかの大学もありますが、何も追加することはありません。