2011年11月23日水曜日

95%の細かな話し

先週はWashington D.C.であったSociety for Neuroscience (SfN)という学会に行っていた。昔米国で同期だった学生仲間や、同僚たち、古くからの知り合いたちと再会した。若い研究者の、これはいいという発表を見るのも楽しい。ポスター会場というのは、一部そういうことのためにある。

30分くらい、ベラベラと一番熱がこもった会話をしたのが、フクシマと政府の対応、それからオリンパスは、あれは何だという話し。日本では、誰も注意を払ってはいないと思っても、マズいことを言わないようにとか、いろいろ発言の波及効果を心配しながらしゃべることになる。ボクのように結構普段から平気で脱原発ASAPを主張していても、思ったようには話しができない。外国で、向こうから聞いてくれる人がいて、思わず目いっぱい話してしまった。4、5月に「これを容認したら、私の学者生命は終わりだ」と会見で言って辞任した元内閣参与がいたが、彼が今後しばらくは、外国で心置きなく話しをすると言っていたのが、なんとなく分かった気がする。

サイエンスの内容とか、機能不全・隠蔽体質の政府とかの話しは、横に置くとして、一つだけ口演発表である人が言ったことが、心に残った。

その人が本題に入る前にチョロっと言ったことは、「95%の自分の時間は、今日の10分の話しでは割愛する細かなところに費やしている」ということだった。思わず、「そうだ、そうだ!」、と頷いてしまった。

計測システムの調整とキャリブレーション
実験システム(ハード・ソフト)を自分で作る(構成部品や装置を買ったとしても)
何か正常に動作しない:バグ取り、ノイズ取り
こういう解析でいいのかを何度も反芻
正確さ、スピードを向上させるためのプログラミング
グラフや動画をきれいに作る

そんなことで、95%の時間が過ぎて行く。でも、実験ベースの科学をやる限り、絶対に必要な時間。実際に実験やデータ解析をやる時間は、残りの5%から。う〜ん、論文を書く時間は、どこにあるんだろう。

いずれにしても、ほとんどの科学者・研究者の時間の使い方は、CaltechのSSさん等の、ごく少数の本当に頭のいい人以外は、必然的にそうなっている。(SSさんの仕事ぶり、見たことは無いので、想像だけど。)

神経科学だけでなくて、例えば物理学でもそういうところがあるのではないかと思う。9月にニュートリノのスピードが光速を超えているかもしれないという研究成果が発表されたが、普通の人の興味は、その結果の意味するところにあった。それは5%の部分だ。

ボクの興味は、実はあまりそこには無かった。いったいどうやってニュートリノのスピードを精度良く測るんだという方に行ってしまう。

New results from OPERA on neutrino properties
http://cdsweb.cern.ch/record/1384486
http://press.web.cern.ch/press/PressReleases/Releases2011/PR19.11E.html

の発表を1時間くらい見て、聞いてしまった。いや〜、本当に桁違いに細かい話です。それが95%。それに、このOPERAチームの人たち、今日は5%の話しはしません、質問があっても答えませんから、と言っていた。

これを理解すると、科学の分野で生き残って行くためには2つの道があることがわかる。

「ごく少数の本当に頭のいい人になること」か、「95%の細かい作業をそれほど苦にせずにできること+ほんの少しの本来の科学的思考」。ボクは当然後者だろうな。

だからね、95%の細かい作業のいくらかでも、「楽しい」とか「オレすげー」とか思えるようになれば、将来はかなり明るいと思うよ。でも、本来の5%が無かったら、ダメだから。5%でうまくいかない時に、95%の一部に没頭できるのであれば、道は開ける。それに、95%をやっていなければ、5%の部分について分からない、気付かないこともある。

2011年11月10日木曜日

「やりたいからやる」という熱い気持ちを奪ったのは?(河合薫)

日経BPで河合薫さんが言っていることも、"Stay Foolish"の一つの形だと思う。

「競争を拒む」若者の心理と意外な孤独感 そんな彼らを作り出したオッサン世代の無自覚と責任:河合薫
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111109/223713/?P=4

「世の中には、「何のためなるのか分からない」、見返りが大してなさそうなことであっても、ひたすらにやってみると「あれ、これって気持ちがいいじゃん」と満足感に浸れる瞬間が訪れることがある。」
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日経、日経BPともに、原発とTPP関連記事は最近恥知らずな、トンデモなものが多いけれど、こういう個人の責任で書いているコラムは一部いいものがあると思う。
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