2014年8月27日水曜日

SPEEDIは「単なる風向計」などという発表を鵜呑みにするバカ

SPEEDIは「単なる風向計」という一言の風説が、おそらく既に多数の人の意識に固定化されてしまったようです。

マスコミの発表と見出しだけで、こうなることを目にし、空恐ろしさを感じています。

記事(下記リンク)の「放出源情報」が無いと役に立たないと言う説は、正しく無いと思います。

単位放出量を仮定した相対値マップでも、出していれば役に立った。

地形図の標高の数値を消しても、それなりに有用でしょ。
台風の天気図見て、気圧の数値が無くても、役に立つでしょう。

それにSPEEDIは単なる風向計とは違う。

地図にプロットされるのは、刻々変化する風向と降雨(による降下)を考慮した積分値なのだから。(放出の時間変化は無いと仮定することになりますが、それでも)

だから、今回発表された方針は、2011年当時と今後の情報隠蔽の正当化に見えます。

どうせ被曝させてしまうのだから、計算もしない?
甲状腺ガンが出過ぎだから、検査もしない、と同じ意図でしょうか?

しかし、地震動の秒単位の予告が役立つのですから、数時間前の放射能プルームの予測は有用です。

自分の線量計が鳴り始めたら、被曝は始まったというこどて、もう手遅れとも言えます。家に閉じこもっても、被曝は避けられません。

SPEEDI情報が出なかったのは、人の判断がループに入った事が、一つの大きな原因でしょう。

なまじ行政がSPEEDIデータを何時出すか、そもそも出すか出さないかを判断しているから、迷い、その挙げ句、ブロックされるのです。常時全原発について並列に自動計算して、常時アクセス可能にするしか、有効に利用する方法はないでしょう。これは、既に地震ではやっていることで、完全に可能です。

それに、放出源情報を測る計器/通信路が壊れて、データが届かなかったとか、腑抜けた言い訳せず、いくらでも最新技術でできることはあるでしょう。

原発の直近を小型で多数の固定+Drone計器でカバーし(自立電源と衛星含め複数通信経路付)でデータを測れば、放出量推定は可能なはず。どうして、議論がそっちへ行かないのでしょうね。

SPEEDIのソースコードを無償公開し、気象庁は全リアルタイムデータを誰でも利用可能にしてください(気象庁のサーバの負荷が、等と心配なら、GoogleとかYahoo他の希望者がリレーすれば良い)。計算と可視化提供はコミュニティがやるでしょう。50機の原発それぞれの計算結果を常時「掛け流し」にするべきです。

過去にも、自治体の依頼でサンプル的SPEEDI予測はありましたが、国民の判断に真に役立つ情報を提供するなら、最寄りの原発の事故シナリオの予測結果を毎日かけ流しで出すのが良い。

「もし今日、◎◎原発が過酷事故で放射能を放出し始めたら?」という計算結果を毎日公開したら、再稼働の是非の議論は、とたんに決着するでしょう。

原発は遠いと思っていた人も、その原発からのプルームが自分の街にやって来るのを何回か目にすれば、
再稼働に賛成の人はいなくなるでしょう。

それを恐れるから、SPEEDIを役立たずな「単なる風向計」呼ばわりして、避難計画の前提にもしないと決めたのでしょうね。さらに、SPEEDIによる予測が得られるとしても、全員を被曝させずに避難させることなど、到底不可能なことが露呈しますから。


単なる「風向計」 福島の原発事故時のSPEEDI
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140825-00000009-asahi-soci

2014年8月24日日曜日

ALS Ice Bucket Challenge -- Izumi Ohzawa

ALS Ice Bucket Challenge の指名が来ましたので、金曜日 (22日) の午後にチャレンジしてみました。ご笑覧ください。

水がもったいない、不幸の手紙的な要素は否定しませんが、カラオケの指名を受けるよりは格段にストレス無しでした。というか、頭を冷やせて気持ちよかったです。

指名が来てしまった方は、無理をせず、楽しくできる範囲でやりましょう。





ALS Association
http://www.alsa.org

筋萎縮性側索硬化症 (ALS; amyotrophic lateral sclerosis)
http://ja.wikipedia.org/wiki/筋萎縮性側索硬化症


2014年8月23日土曜日

糸井重里さん、やはりひどく勘違いされてると思います

糸井重里さん、やはりひどく勘違いされてると思いますね。

わたしは「食べて応援」はしないし、家族にもしない様に言うし、そうした運動に反対です。

そうすることは、被曝の現状固定化です。

そもそも汚染地での農業は被曝労働であるし、いくら「不安に丁寧に答えようと地道に調査して計測して」も、十分とは思いませんから。

できる範囲でやってはいるでしょうが、あくまでも「基準値は満たしている」であって、それを食べても「安全」だとは基準を作成し運用している人は決して言いません。それを根拠に何か言う人が「安全」と言い換えているだけです。

原発の再稼働のための基準適合審査で、原子力規制委員長が「私は安全だとは言わない」とわざわざ言っているのに、再稼働したくて仕方がない人々が「安全が確認された原発から..」と言い換えるのと同じやり口のごまかしです。

基準値というのは、「病気になっても、因果関係が証明できないので、基準を決めた人と国に責任を問う事はできない値」です。決して、食べても「安全」だと誰かが保証している値ではありません。

食べる人の健康を第一に考えて基準が決められたわけではなく、問題が出ても放射能が原因だと特定できない範囲内で、収穫された作物を最大限出荷し、補償額を最小化するように調整された結果が基準値にされているはずです。

そして、福島だけではない。

こういうことを言うと、糸井さんの様な人が怒るので、多くの人は触れないようにしているのだと思いますが...

「中傷だ」
「そこに現に住んでいる人たちの気持ちを傷つける」
「失礼だ」

と言って、反対をタブー化し、移住の権利の保証を求める人を門前払いしている真の罪人たちの責任を不問にすることになります。

そして、「食べて応援」は、間接的にですが、逃げたくても自力では逃げられない人たちを汚染地に縛り付ける国の「棄民政策」に加担しているわけです。

そう言う意味の「絆」でしょうか?
嫌な言葉だ。


ーー

http://blog.livedoor.jp/home_make-toaru/archives/7824074.html
糸井重里「福島の桃」への中傷に怒った : とある原発の溶融貫通(メルトスルー)

2014年8月16日土曜日

今年の敗戦記念日も例年と同じ様な黙祷+で良いのだろうか?

8.15の敗戦記念日(いわゆる終戦記念日)は過ぎてしまったが、FBに書いたものに追記して転載しておきたい。

今週は2泊3日で、妻とボクの実家(x2)の墓参りに行って来た。ボクの実家は飛騨高山だが、墓地とは別に、裏山の中腹にある祖父、祖母と戦死した叔父さん(親父の兄)の小さな塚へも。

戦死した叔父さんと、慰霊の塚を作らずにはいられなかった祖父のことを想った。

親父の兄もニューギニアでおそらく餓死か病死したのだろう。国は補給のことなど、何も考えもせず準備も計画も無く、きっと精神論と現地で略奪でもさせるつもりで送り出したはずだ。何も無いジャングルへ。

自爆核戦争の後始末は放ったらかしにしておきながら、時代遅れの戦争が出来る国になるための準備に余念が無いこの国を見るにつけ、今年の8.15も例年と同じ様な黙祷+で良いのだろうか、と思った。

国のバカげた戦争で殺された人々が、この国の今を見ているなら、きっと焦りまくっているのではないだろうか。

また、同じ間違いを繰り返しそうじゃないか。何やっているんだ..、と。

自分が彼らだったら、
「オレたちの慰霊などやってる場合か。そこの戦争やりたい暴走政府を早く何とかしろ。何のためにオレたちは死んだのか...」だろう。

靖国へ行って来たと今日書いた議員がいたので、フォローは外した。靖国へ行くような議員はいらんよ。

〜70年前、実効性ゼロのでっち上げ戦略で戦争に暴走し、送り込んだ兵士たちを死なせた国がまた、戦争準備だけでなく、原発に関しても同じ間違いを繰り返している。

原発事故が起こった時の避難計画もマトモに作れないのを分っていて、堤防のかさ上げ程度の化粧直しでは原発は本質的には少しも安全になどなっていないことは十分分っていて、再稼働に向けて暴走中ですから。

今年は、「安らかに眠ってください..」ではなく、「起きて下さい」とお願いしたい気持ちだ。

2014年8月6日水曜日

広島原爆の日に考えること

今日は8月6日:広島原爆の日。この前後で、原爆や戦争のことについて少しは考えるようにしている。特に3.11以降は。

新聞もテレビも時間の無駄とわかったので全く見ていないが、毎年の黙祷と戦争の悲惨さを再び思い出して、不戦の誓いを新たにする番組や記事が特集されるのだろう。

それはもちろん大事だと思うが、いつも世の中のほとんどが、そこまでで思考停止しているように見える。

それ以上に少し踏み込む人は、原爆投下は、必要だったか/必要無かったか、命を救ったか/救わなかったか、戦争終結を早めたか/早めなかったか、といった、これも既に結論は出ているが、米国の多数の意識には反映されない状況を嘆いて終わる。

どうなんだろ。ボクはそういった議論は、もう生産的ではないと感じるので、ほとんど立ち入りたくも無い。

大事なのは、少しは想像力をもって、誰も戦争と兵器の使用を止められなかった要因を考える事だろうと思う。

例えば、自分が当時の米国大統領だったとして、かつ(実際にあったように、部下が意見書を握りつぶすこと無く)すべて情報を把握していたとして、「やっぱり原爆投下は止めよう」と言えたかどうか。言えなかった可能性は高いと思う。止められないということは、そういうことだろう。

そう考えると、米国を恨む気持ちは起こらない。

それは止められないよ。上の非生産的な論点等は関係なくて、ほとんど考慮もされなかったのではないか。2億ドルもかけて開発した2種類の原爆の仕上げとなる実験だったのだから。Ellsbergの言葉を引用すると、総仕上げのための「生け贄 "human sacrifice"」だったのだから。投下する都市も、新兵器の効果がよくわかるように、それまでに爆撃されていない「クリーン」な場所が選ばれたようだ。

核兵器の暗い将来を13歳の頃から予見していたEllsberg (下記2,3参照)は、おそらく他の誰よりも広島/長崎の事を良く理解している。少なくとも米国に彼やChomskyのような人がいて、大手メディアに出る事はほとんど無いが、それぞれ結構なお歳にもかかわらず、機会あるごとに活動していることに、まだ希望が持てる気がする。

日本人としては、数少ない理解者なのだから、本当にもっと良く知るべきだろうと思う。

ただし、核兵器だけでなくて、他にも政府には都合の悪いことをたくさん言ったり、書いたりしているので、日本でも米国でもメディアは避けている。だから、自分で探さないと眼に触れる事はないだろう。

以前のポストで、Daniel Ellsbergの2009年のエッセイ?を紹介したが、その頃に行なわれたあるラジオ番組のEllsbergへのインタビューがあったので、リンクしておく。今まで知らなかったけれど、こういうラジオ局が米国にはあるんだよね。

たとえ米国人の6割が原爆投下を正当化する過去の論理を受け入れていたとしても、ボクは彼の様に考える人が5%でもいてくれれば、救われた気持ちになるし、実際に世の中は変えられると思っている。

参考サイト:

[1] Antiwar Radio 08/08/2009: Scott Horton Interviews Daniel Ellsberg
https://www.youtube.com/watch?v=DILtk7K66s0#t=17m

[2] 「ヒロシマの日――64年間、居眠り運転をしてきた米国」
2009年8月5日 ダニエル・エルスバーグ
http://www.tup-bulletin.org/?p=877

[3] ([2]の原文)
"Hiroshima Day: America Has Been Asleep at the Wheel for 64 Years"
http://www.truthdig.com/report/item/20090805_hiroshima_day_america_has_been_asleep_at_the_wheel_for_64_years

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